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ー2008年「そのまま」旅日記ー
北海道から始まって
5月22日〜28日まで北千住シアター1010公演
5月30日(金)午前、キャストスタッフ羽田集合
でんでんさん&山本ふじこさんが、ANAとJALを間違えて、第1ターミナルに行ってしまう。最初から笑わせてくれるなあ(^0^)
この座組みは、お知らせを読まなかったり、注意事項を聞いていない人が多い。きっとこの先も笑えるぞ。私も他人のことは言えないか?
それでも無事飛行機は全員を乗せて中標津へ!
中標津空港に降りると、東京とはがらっと変わって空気がひんやりしている。むしろ寒いくらいだ。皆それぞれ厚着に着替え始めた。
私は明日の公演会場まで下調べ。帰り道は歩いてきたが、くしゃみの連発。体調に気をつけよう。
キャスト何人かと、地元スタッフお薦めの店「いちばん星」へ。噂どおり新鮮な北の海の幸が、安くて美味しくてボリウムたっぷりであった。
特に”つぶ貝の刺身””宗八カレイの一夜干””焼きガラ海老””ギョウジャにんにくのしょうゆ漬け”など東京では口に出来ないものが良い。”山わさび””特製うどん””アスバラ焼き”も忘れがたい。

公演会場前で
でんでんさん、上田駿さん、三田村賢治さんらと撮影
5月31日(土)快晴の北海道
7時に起床。朝食後にホテルの大浴場天然温泉へ。こういうのは嬉しい!
露天風呂の向こうは標津川。
パソコンに向かった後は散歩。
標津川の横を走るチップ材を敷き詰めた側道を歩いていると、山菜取りらしきおばさんたちに遭遇。”何を取っているんですか?”と聞くと、”こごみ”だという。

これがその側道。良い季節ですね。
私も真似して数本"こごみ"を摘んでいたら、袋にいっぱい分けてくれた。やはりこの辺の人は旅人に優しい
散歩の途中で、この辺の新名物「牛乳ラーメン」を食べる。

白いスープの上に、真っ赤なラー油が浮かんでいるが、思ったほど辛くはない。スープもイケる。でも、こん盛りの野菜や具のせいで生温いのはいただけなかった。
本日の公演会場、中標津総合文化会館「しるべっと」ホールに夕方集合。
到着すると地元女性スタッフの方々手作りの炊き出しが待っていた。有り難い。鮭の”時知らず”、蒸し岩牡蠣、芋団子等々。特筆は摩周湖の伏流水で育てた”クレソンのごま和え”。あまり美味しいので、居酒屋の場面でおつまみとして本番でも使いました。でんでんさんと上杉さんがアドリブで一所懸命説明していた。
夜7時から本番。旅公演の初回である。
500人のお客様で場内は埋まっていた。人口比の観劇者数を考えると、東京だったら50万人くらいだと、ベンガルさんが不思議な感心の仕方をしていた。
お客様の反応は意外に東京とさほど変わらなかった。
カーテンコールは拍手が止まず、初めてダブルになる。私はこの時初めて気づいたが、観客の年齢層が北千住より若い。皆さん本当に熱心に観ていてくれたのだ。嬉しい。
終演後は、「いちばん星」で再び打ち上げ。キャストは全員集合した。
昨日来なかった人も含めて、その味に嬉しい驚きの連続だった。
私のもらってきた「こごみ」のおひたしと、ホワイトソース和えに、「もつ鍋」も美味かった。「特製うどん」は¥300とは思えない味と量。そして私のこの日の一押しは「きんき」の焼き魚、脂がのっていて最高だった。
今晩は、上杉さんがよく喋る。
6月1日(日)曇天
今朝も大浴場で温泉に浸かる。お湯が肌に”ヌルッ”とした感触。他の皆さんは”ツルツル”と表現していましたけど。確かに”ヌルッ”と”ツルッ”じゃ、随分違う(^0^)
女満別(今は町村合併で大空町というそうだ)まで長距離バス移動。
屈斜路湖の横を走っている時に、反対車線にキタキツネがちょこんと座っていた。運転手さんが、わざわざ止まって私たちに見せてくれる。去り際には、キツネがバスを追っかけてきたのが可愛かった。そんなことには頓着しそうもないベンガルさんまでが歓声を上げていた。
途中で美幌峠うを通過。気温は3℃。信じられん!
さてホテルへ到着というところで、運転手さんが宿を間違えて一盛り上がり。そういえば、この運転手さんは、声が大杉漣にそっくりだった。顔はオール巨人さんに似ていた。

宿舎は網走湖畔のホテル。珍しく全室和室。
寒々とした湖畔に立つ私。撮影は三田村さん。
湖畔の立て看板に”鳥の死骸や糞に触らないでください。鳥インフルエンザの恐れがあります”と書いてあったのが恐ろしい。
休憩時間に散歩。

この女満別の駅舎は故郷創世金で作られたそうだ。無人駅なのに、この立派さはどうだろう。図書館まであるのだ。

網走まで真っ直ぐに続く線路。何だか遙かな感じがして旅情を誘う。
映画「スタンドバイミー」みたいだなあ。
町民6000人で、観客動員500人。今日も凄い観劇率。
開演前から、お客さんの期待度の高さが楽屋まで伝わってきた。幕が開けると、これまで笑いがなかったところで、初めて受けた箇所が何個もあった。
客席には女子高生も座って笑っている。日曜日なのにセーラー服とは何と真面目な! お客さんは大満足のようだったが、終演後の拍手が熱かった割にはカーテンコールは1回だけ。あれれ?!
6月2日(月)、快晴。網走湖が陽光に輝いていた。
気温20℃。昨日とはまるで季節が違うようだ。
士別まで4時間のバス移動。
本日の公演は「あさひ町サンライズホール」。
私にとっては3度目の来訪である。とにかくこの劇場は素晴らしい。館内の設備、歓待の仕方(この日も超美味な手作りカレーが待っていた)、観客動員、何から何まで申し分ない。地方の公共ホールとしては、私の知る限り日本一である。
客席数300強の小ぶりで使い易い劇場は、この日も満席。
今日は2場の居酒屋の場面で、でんでんさん扮する居酒屋主人の持ち馬の『エガオガイチバン』の写真の額が突然落ちてきた。止めてあったマジックテープが剥がれたらしい。あまりにも芝居を中断する頃合と音量だったので、一時アドリブでその場を取り繕う。そういうことが大好きらしいベンガルさんは『不吉なことが起きるんじゃないのか』と楽しそうに連発!
そういうハプニングに乗せられて、昨日にも増して反応が良かった。カーテンコールはダブル。出演者も気持ちよく舞台を降りることが出来た。
バス移動の途中で買ってしまった”山うど”を嫌な顔一つせず、酢味噌和えにしてくれた館長の漢さんに感謝。これも舞台本番のおつまみとして使いました。
終演後は、私の旧友が住む隣町の和寒(わっさむ)まで出向いて、ジンギスカン料理をいただく。久しぶりの再会と、美味しいラム肉で酔いが回る
6月3日(火)今日も快晴。初夏の陽気。
朝の露天風呂から見上げた青空が気持ち良い。毎朝露天風呂である。
湧別まで4時間のバス移動。

途中で寄った紋別港で、流氷船「ガリンコ号」に乗船。

こちらは船体の姿と記念写真コーナー。
岸壁で竿を出している人がいたので、クーラーボックスを覗かせてもらったら手のひら強のカレイが30枚以上詰まっているのでびっくり!
湧別文化センターで公演。
今日は年齢層が少し上がった感じ。それでも反応は良い。特におばさんがよく笑っていた。
ベンガルさんが上杉さんに対して言う台詞『若作りだなあ』が、最近とみに強調されている。今日は5回くらい言ったんじゃないだろうか。
それと1場で、でんでんさんの七色の派手なウィンドブレーカーを見て、ベンガルさんが一言”『セキセイインコ』みたいなジャンパー着やがって”。これも今日から追加。
終演後に北見のホテルへ向かう途中でコンビニでビールなどを買い込む。そこで今観劇したばかりの女性客数人と遭遇。中には私や山田まりあちゃんの芝居を札幌や東京まで観に来ていた人もいた。すごい演劇ファンが湧別にもいたのである。
夜の北見の街が意外に立派なことも発見。
6月4日(水)段々夏のようになってきた。
北見から帯広まで3時間バス移動。今日は公演はなく移動だけの日である。それにしても、今回の移動だけでも、本州横断くらいしたんじゃなかろうか。
途中で、廃線になった陸別の駅で休憩。
運行していない駅のホームの駅名看板。
その向こうには”休業中”と書いた列車が止まっていた。
この路線はその昔は銀河鉄道とも呼ばれていたらしい。がらんとしたホームには銀河鉄道999の絵の列車も停車していた。
夜は上杉さん達と市街へ。私のお気に入りの店”炉端料理の『あかり』”に直行。魚や野菜の焼き物をいただく。
ところで興に乗ってキンキを焼いてもらおうと思ったら値段を聞いてびっくり!中標津の『いちばん星』で食べたキンキの4倍もした。確かに少し小ぶりではあったが、『いちばん星』の安さに全員改めて感服。
最近人気の帯広屋台村にも顔を出す。女優陣が先に来ていたのを発見。店がそれぞれ小さいので合流は出来なかった。
本日もよく食べて、よく飲んだ。
帯広の旧い飲み屋街。まるで映画のロケセットのようでしょ。『あかり』も、こんな路地の一角にある名店の一つである。
6月5日(木)晴れ
2日続けて昼飯は蕎麦屋へ。今日食べた「小川」という老舗は美味かった。店の佇まいや、手打ち蕎麦の実演コーナーもある。”かしわせいろ”を頂く。
ただいま鉄道紀行作家の宮脇俊三の「時刻表昭和史」を読書中。なかなか名文である。

猫好きの私が発見した、帯広駅前の「猫天ビル」の表看板。
中はカラオケや飲食店の雑居ビルだが、表は可愛らしい。
帯広からバスで15分、音更町「ふれあいセンター」で公演。
会場が手狭だったので出演者の裏舞台の通行にはやや難があったが、お客様の反応は今日も上々。
帰路で、でんでんさんが帯広の知人と待ち合わせだというので、街頭も何もない真っ暗な夜道で途中で下車した。残りの全員で”絶対に、降りる所を間違えている”と口を揃える。明日の、でんでんさんの第一声が楽しみである。
6月6日(金)雨
でんでんさんは昨晩無事友人と会えたそうだ。普通の結果だったので案外残念。笑わせてほしかった。
雨の露天風呂。
都会のビルの地下にある風呂場に、狭く切り取られた大空から降ってきた雨がひんやりと顔を射す。滴は湯の表面に落ちて小人のように立ち上がる。何とも言えない良い気分だ。肌寒いので、誰もいないのが尚気持ちよい。
苫小牧へ3時間のバス移動
霧の十勝峠。濃霧で道中はほとんど何も見えなかった。
トイレ休憩が3回もあり、その度に何か買ってしまう私達。
マイクで喋る声がほとんど聞き取れない運転手さん。でんでんさんがイライラしていた。
昼過ぎに作家の水谷龍二さんと苫小牧で合流。ここは水谷さんの故郷であり、水谷さんの同級生の方々も含めて会食。
市長へ表敬訪問。自分が競馬といかに知るようになったかを気さくに話をしてくれる元衆議院銀の市長さん。
ホテルで休憩中に山梨放送へ電話でラジオ生出演。16日17日の甲府での「そのまま」と落語会の宣伝を告知する。落語の魅力も語る。
夜6時半から公演。補助席も出て満席。今までより、少し都会的な反応。でも後半は爆笑が多かった。
ベンガルさんが、星奈さんのビール一気飲みの場面の台詞をすっ飛ばしたこともあって、上演時間は1時間45分だった。最短?
終演後は地元主催の方々と懇談会。
6月7日(土)曇りのち雨、午後は晴れ。
回転寿司を食べたいと思って、ホテルのフロントに相談したら、大型スーパー「イーオン」の近くの郊外型寿司店を紹介される。教わったままにイーオンの無料送迎バスに乗る。
搭乗客の多いこと。その数にびっくり。これでは駅前はさびれるばかりだなあ。
で、肝心の寿司は値段の割には今一だった。本日おすすめと書かれた”姫鱒(通称チップ)”が、私の好みではなかったし。
送迎バスと、寿司屋までの時間と距離が長くて、落語の練習をしながら帰ってくる。

苫小牧市内の信号機には、こんな飾りもついていた。さすがスケート選手を輩出した町である
ホテルは苫小牧連泊だが、公演は伊達市。バスで1時間10分移動。道路沿いに、久しぶりに海を見た。途中で有珠山や昭和新山も眺める。
伊達の杜、歴史カルチャーセンターで公演。ずいぶん広い会場だ。
私は以前にもここに来たことがある。3年前に、この場所で演技のワークショップと、水谷さんや名古屋のB級遊劇隊の佃くんらとの演劇トークライブがあったのだ。
広い会場なのか、お客様の入場が遅れて5分押しで芝居がスタート。それでも案ずるより生むが易しで、反応は悪くなかった。
真っ暗な、北海道の道路を走って深夜に苫小牧に着く。
6月8日(日)晴れたり、曇ったり
苫小牧から苫前まで4時間強のバス移動。これが最長距離になるだろうか。
苫前は旭川よりも北西、北海道の日本海側にある海の町である。風力発電が有名で、ここにも私は星屑の会の「クレージーホスト・リターン」で訪れたことがある。
今日も移動だけ。
鄙びた漁村というイメージとはかけ離れた、温泉リゾートホテル『とままえ温泉ふわっと』に、4時過ぎにスタッフとほぼ同時に到着。
何人かは、すぐに温泉に浸かりにいく。
でも、私は釣り好き共演者の三田村さんと港まで釣りに出かける。
道具や餌は、事前に「とままえ舞台鑑賞友の会」の方に借りる手はずを整えていた。こういうことは迅速な私である。
肌寒い港に着くと、すでに何人かが置き竿で釣りをしていた。狙いはカレイなのだろう。

見ていたら、この写真の人に竿先に小さなアタリが来てウグイを釣り上げた。
こ魚は川にも住むが、海にもいるのだ。
東北では貴重なたんぱく源として食べる所もあるらしいが、北海道人のこの人はあっさり放流。
私達は今日は港内で試し釣りだ。使い慣れていない投げ竿で何度かキャスティング。防波堤も一回りして、明日の海沿いの釣り場も確かめる。期待は膨らむ。
夜6時から、大広間でスタッフも含めての初めての食事兼の宴会。舞台監督、照明、音響、衣装さんらと共に深夜まで話に花が咲く。
6月9日(月)はな曇
朝から港を囲む防波堤やテトラを渡り歩いて釣り。沖には定置網があるので魚影は濃いのでは?!
風力発電の風車を見ながら、砂地を狙うがXXX

このテトラは足場は良かった。
ただ餌を1回も取られなかった。つまり魚がいなかったのだろう。
沖向きのテトラで、ネクタイをしたサラリーマンが何か釣り上げた。テトラの中に直接ルアーを落とし込んで”黒ソイ”をゲットしたのだ。
我々もそちらへ。沖に遠投。

しかし釣れたのは、このカラフルなヒトデだけだった。
昼過ぎまで粘って納竿。三田村さんも諦めた。でも色々試す姿はやはり釣り好きなのだなと思わせた。釣りは気の長い人がやるものだと思うのは誤解で、短気で好奇心旺盛な人に向いているのだ。
午後は温泉に浸かる。さっきまで釣りをしていた港を見下ろす露天風呂はなかなか良い眺めだった。塩辛いお湯はさらに海の気分を盛り上げてくれる。
苫前町公民館にて公演。
開演の大分前から、お客さんがぞろぞろとロビーに集まる。公民館玄関前には屋台のフランクフルトまで売っている。もう一大イベントだ。それにしても”観劇前にフランクフルトは、すごい取り合わせだ”と上杉さんが大受けしていた。
今日は芝居の前に、宿で売り出しているDVDの鑑賞会が男子楽屋で開かれる。これは大正時代に実際に起きた「苫前(三毛別)ひぐま惨劇事件」の紙芝居を撮ったDVDである。内容は怖いが、紙芝居を撮影してDVDにする商魂に脱帽だ。
ツッコミ所満載なので、言いだしっぺのベンガルさんを始めとして、出演者全員で見ながら大受けだ。これは貴重な地方ネタとして、是非東京の人に見せてあげたい。何しろ紙芝居のDVDである。売っていたホテルのフロントの女性も『これ、中身は紙芝居ですよ』と、恥ずかしげだったそうだ。ちなみに1枚¥1,000。
本日は人口1,700人の町で340人の入場者。5人に1人は観に来たわけである。すごい割合だ。芝居が始まると、最初こそ戸惑った反応だったが、後半は何をやっても笑いが起きる感じだった。
カーテンコールでは、一度拍手が終わったので楽屋に戻ろうとしたら、突然だダブルの拍手が始まった。私は一度裸になったままの格好で、予想屋のウィンドブレーカーをあわてて羽織ながら舞台に出て行った。思惑通りに笑いを誘う。
昼間サラリーマンが釣った黒ソイを、私達がもらって帰ってきていた。私も三田村さんもキャッチ&イート派である。
今日はホテルの方が、黒ソイをこんなに立派な煮魚にしてくれた。野菜の付け合せまであるよ。感謝!
※そう言えば、ホテルに帰ると、サイン色紙を持った60歳過ぎの男性がロビーで私を待ち受けていた。あまり見慣れない光景だったが、よく聞くと5年前に滝川でやった私の一人芝居「接見」を観たという。ロンドンに行っていたことも知っていた。かなりの演劇好き、特に「接見」以来、私にも注目しているという。色紙には、たっぷりおまけメッセージを書いて差し上げた。
6月10日(火)苫前は晴天。
港を眼下に眺めながら、今朝も温泉。
いよいよ札幌へバス移動。今日も長時間である。皆も疲れ気味。
札幌に着くと久しぶりの交通渋滞に巻き込まれ、さすがに大都会だなと思う。
本日は赤レンガの道庁議会(?)の近くの「かでる2.7」にて公演。北海道では初めて今日と明日の2回連続公演である。
ここにも8年前にラサール石井くんとの水谷龍二作品の2人芝居「淋しい都に雪が降る」で来たことがある。今回も、その時も舞台監督をやっていた武川さんが、当時のことを懐かしそうに話していた。『是非またやってください』とリクエストされる。スタッフからそんなことを言われるのは珍しい。
夜7時から本番。予想通り、都会的なドライな反応。
でも、これって芝居をきちんと観ているからなのかもしれない。
客席には学生も多いようだった。
何と客席には、柄本明さんも観に来ていた。ベンガルさんも少し緊張気味のような気がした。
演出家も来ていたので、本日は打ち上げがある。
私は、旧友のK君も来ていたので、打ち上げの後に彼と合流。札幌に来た時には、いつでもお世話になってしまう有り難い友人である。
北海道ならではの創作寿司を堪能した。今日の逸品は”特大シャコ”。
6月11日(水)快晴
昼間は、K君に運転してもらって積丹半島を左回りでドライブ。
ドライブインでハルゼミの合唱を聞く。絶好の観光日和である。山の木々の緑のみずみずしい深さ、海の青さが完璧である。
小樽にぶらり途中降車。最近人気の「かま栄」のパンロールをパクリとやる。柔らかなさつま揚げを、薄皮の揚げたてパンでくるんである。これ小樽のおススメ!
定番の運河で記念写真。周りの大勢の観光客は、ほとんどが台湾、韓国の人たちだった。
余市を過ぎて、ヤンキー先生の高校の看板や、毛利さんのスペースシャトル館などを左に見て積丹を車は走る。こんなに緑の濃い季節の積丹は見たことがない。でも海岸沿いは、新しいトンネルばかりで海があまり見られない。ろうそく岩も、あっという間に見えなくなった。岩内の落盤事故から、こうなってしまったらしい。残念。
神威岬の手前の余別で、菊池君おススメの店「新生」で生ウニ鉄火丼を注文。抜群に美味い!ちょうどウニ漁が解禁したばかり。ラッキー!いくらは別売りです。
半島先端の神威岬あたりで撮影。陽光に輝く北の大海原は、とても私のデジカメでは納まりきるものではなかったが、下のような感じで如何でしょう。
エメラルド色に染まる磯の海岸。
神威岬と何とか岩。
原発で有名な泊村で途中降車。明治大学落語研究会の先輩のDさんが小学校校長を勤めている泊小学校を訪問。
突然の訪問にも、気軽に正門前まで出迎えてくれたのは真ん中のDさん。左はK君。右は私。
Dさんの許可を得て、ずうずうしく校長室の椅子に坐ってみる私。
この町は、原発のお陰で裕福である。放送室は、小さなTV局のスタジオになっている。Dさんにアナウンサー席に坐ってもらう。
札幌2日目。更に大人しいお客さんだった。カーテンコールも1回で終わり。
これで北海道ツアーの終わりかと思うと寂しい反応だったような気もするが、真剣に見ていてくれたのかな。
出演者はそれぞれ厚手の服や、要らなくなった荷物を送り返す準備。
ベンガルさんと女優さんたちは、明日一旦帰京である。
私は明日は札幌に居残って落語会。実はそのお膳立てをしてくれたのは、先のD校長先生である。明日は頑張ります!
ドライブ途中で見た風景。
まずは、昼間に灯りを点けて整備中のイカ釣り船。
カレイの干物製造機。
回転しながらカレイが干されていきます。
羊蹄山(蝦夷富士)の全景。
6月12日(木)今日も快晴
市電とロープウェイを乗り継いで、藻岩山へ。
札幌のカラフルな市電。
意外に初めて乗ったのかも。一般の利用客が多いのに少々驚いた。
藻岩山山頂にて。
麓から登山してくる中高年や小学生のグループが目立ったのは良い季節だからだろうか。
山頂から見た札幌ドーム。
観光ガイドに載っていた店「hofe」で、フレンチのカジュアルランチ。道産豚肩肉ロースのソテーが美味。値段もリーズナブル。店内の雰囲気も◎。皆さんも是非どうぞ!
夜は中村屋旅館で落語会。「かでる」のごく近所。
7時から極楽亭とん暮さんが前座を務めてくれる。この方は実は学校の先生で、元落研。先生だけに随分喋り慣れた方だった。
今日のまくらは苫前の「ヒグマ事件」DVD、これが馬鹿に受けた。儲け話である。 「青菜」ものびのび出来たと思う。
休憩後に、去年作った私の芸歴ビデオのトークネタで30分。これもはずさなかった。中でも小学校3年生くらいの子供が、ひょうきん族「フラワーダンサーズ」やMCコミヤのビデオに『くだらない、くだらない』と大喜びしてくれたのが嬉しかった。
終演後は、お世話になったD校長先生やO先生ら数人と会食。皆さんが、あまりに落語と落語家情報に詳しいので舌を巻く。
さらにK君と、秋田料理の店「のどか」で打ち上げ。ここは私のお気に入りの店である。”いぶりがっこ”も”きりたんぽ”も””比内地鶏”も抜群に美味い。絶対おススメ!
6月13日(金)
新千歳から羽田へ、さらに羽田から能登空港へ乗り継ぐ。遠距離飛行機移動。
能登からは乗り合いタクシーで、和倉温泉。車窓に見えてきた海の風景は、北海道の荒海とは違う内湾の穏やかな海。その海岸線ぎりぎりまで低い堤防が囲った田んぼがある。ここまでお米を大事にする姿勢に脱帽。山側には合掌造りに近い瓦屋根の家々。北陸の気分が盛り上がる。
すぐに思い浮かんだのは、”釣り”
この辺は黒鯛の筏釣りのメッカらしい。
早速、三田村さんと自転車を借りて釣具屋などを散策。
和倉の小さな港で、中学生がワームを落とし込んで釣り歩いているのを発見。手つきも様になっている。聞けば以前に30センチのメバルを釣り上げたとか。
確かに彼は私らの目の前で、小さなメバルをゲットした。
こうなると釣り道具を持ってこなかったのが悔やまれる。
これからの巡業には、コンパクトな竿と釣り道具、ルアーやワームを所持しよう!
6月14日(土)快晴。
朝の食事会場で、TVで地震の予報ニュースをやっているのを見て驚く。9時20分、こんな番組を見るのは初めてであった。
地震の予報速報に、どう対応するかを真剣に考えねば。
能登演劇堂にて2回公演。
仲代達也さん監修の立派な劇場。黒を貴重とした、重厚な芝居しか似合わないような劇空間だ。設備も、空間の広さも申し分ない。発声練習をしていると、声の響きも重そうだ。
果たして「そのまま」は、ここに似合うのだろか(^0^)
実際の上演でも、観劇マナーの良過ぎるような観客層だった気がした。
でも、舞台袖の小屋付きスタッフが、ラストのベンガルさんと上杉さんのやり取りを見て楽しそうに笑っている。夜の部でも「昼間と全然違う」と笑っていた。
これが能登演劇堂。
劇場裏は木々の緑の濃い山である。
そして劇場の表玄関の前に広がるのは、こんな広々とした田んぼである。このミスマッチが良いのであろう。
ところでベンガルさんの迷言を幾つか。
「倒産がなんだよ。会社が潰れるわけじゃないだろ」
〜いや、それを倒産って言うんですけど(^0^)〜
それから舞台セットも、ご披露します。
競馬の予想屋の予想台のセット。第1幕の幕開けとラストは、このセットである。
6月15日(日)快晴、暑い
能登演劇堂2日目。昨日よりお客さんが多い。
これは楽屋の男子トイレの表示。英国紳士である。さすが演劇の国を模している。
終演後は、バスで高山へ、そして特急と新幹線を乗り継いで帰京。久しぶりの東京である。
北海道、能登ツアーは終わりです。
ここからはメモ程度の日記でご容赦ください。
6月16日(月)東京は夏だ!
自宅で1泊。すぐに甲府へ。
山梨県民文化ホール。客席数約2,000の大きな劇場。演劇鑑賞会のお客さんが800人ほど。久しぶりに演劇鑑賞会名物の”席詰め”を見た。
ちょっと声が響きすぎる空間だった。
6月17日(火)甲府も夏日だ!
私だけ甲府に居残って落語会。
昼過ぎに今日の主催のBさんに迎えに来ていただいて会場の石和へ。
Bさん宅で、次の舞台「エブリ・リトル・シング」のパンフの原稿書き。
笛吹き川の川原を散歩しながら「青菜」の稽古。鮎の友釣りをしている人を見かける。どの人も釣果は芳しくないようだ。
午後4時、本日ジョイントのウクレレえいじくんも交えて、山梨放送でラジオの録音。これはBさんの番組である。えいじくんの”マニアック物真似”で盛り上がる。
7時半から落語会。”久しぶりに心から笑いました”と喜ばれた。嬉しいなあ。落語「鰍沢」で有名な鰍沢から見に来ていた方がいて、”いつか鰍沢で5分「鰍沢」をやりましょう”と安請け合いしてしまう。
ウクレレえいじ君のネタも爆笑の連続だった。
2人で私のビデオネタを見ながらトークのオマケ付きライブ。
6月18日(水)暑い!
高速バスで石和を出発。新宿へ。
自宅で荷物の整理をして、すぐにまた出発。一路甲子園へ。本日は移動だけ。
初めて阪神電車に乗った。今日は阪神と楽天の試合があるので電車は満員。チケットは完売だそうである。
スタッフと一緒に一杯やりに外に出る。店を出た時に野球が終わった。駅前は勝利気分に酔った阪神ファンでごった返していた。
本日の宿舎「ノボテル甲子園」は、今回のツアーの中でも一番豪華だったのではなかろうか。全員広々としたツインの部屋。高い階にあって眺望も良い。
6月19日(木)午後から雨
兵庫県立芸術文化センターで昼公演。
オペラも上演できる大ホール。演劇向きの中ホール(劇場内壁面の木の感じが良い)、そしてキャパ400の小ホールと設備は抜群。パソコンのプリンターをお借りするために事務所や館内を見て歩いたが、これも美的センスが優れている。公共の芸術施設としては特出しているだろう。
あまりに設備が良いだけに、親しみ易いホールの名前を付けたら客足が伸びるのにと出演者から声が上がった。成る程ねえ。
本日の開演が3時半というのが疑問だった。お客様の来られ難い時間帯である。案の定、客席は半分くらいしか埋まらなかった。
でも反応は決して悪くはなかった。すでに関西と関東の観客の好みの差はあまりないのかもしれない。
夕方の新幹線で名古屋へ移動。
こちらでお世話になっているTさんに会う。一杯やった後に、名古屋の味噌煮込みうどんの名店『龍』に行く。思ったより麺が柔らかく、味は濃い。観光客はあまり知らないが、地元の深夜の客でいっぱいだった。
超有名な「山本屋」さんは、麺の腰があり過ぎるくらい。お値段も張る。
6月20日(金)雨上がる、曇り。
名古屋での休日。
昼飯は『ゑびすや』の”いそおろしそば”。私の日記の中でも度々紹介した老舗。昼前に着いたら、ベンガルさんのお付きの山地君が、”鳥わさ”を肴に日本酒をやっていた。まさにお休みの午後である。
英語のお勉強の後に、大須を散策。
観音通りのはずれで、手品の店を発見。トランプ手品を買ってしまった。
大須演芸場は休憩時間なのか、客がいなかった。その代わり、新人らしき芸人コンビが”師匠、お疲れさまでした”と、車で去る人を見送っていた。
大須は予想以上の賑わい。
アーケード街には、こんな垂れ幕も。
アーケード街の中に突如こんな招き猫が。午後の3時間ごとに下の画面に観光案内が写るらしい。
錦で第三舞台の小須田君に遭遇。NHKの撮影らしい。時間帯からいって「中学生日記」だろうか
夜は老舗の「百寿」のざる蕎麦とカレー南蛮を注文。
6月21日(土)
「長久手町文化の家」で杜のホール公演。
馬蹄形の素敵な中ホール。
地元の劇団「B級遊撃隊」の座長でで岸田戯曲賞作家の佃典彦くんが観に来た。彼とは星屑の会の「クレージーホスト」で仲良しである。
彼の書いた新作落語の話なんかもチラッとした。
得意の不条理喜劇なら面白いのでは。古典落語の「あたま山」みたいにね。
他にも名古屋の知人が数名来場。
名古屋駅間近の居酒屋で東海テレビの方々を交えて、息せき切って小1時間の会食。
帰京。
22日(日)
「エブリ・リトル・ソング」の稽古初参加。
共演者の若さにビックリ!ほとんど2世代以上年下だ。つまり私はお爺さんだ。
井上和香さんと初顔合わせ。
夜は英語劇発表会の稽古。
23日(月)
英語劇発表会の稽古。私は全体のホスト役と英語落語を演じる。
24日(火)
英語劇発表会。
英語初心者を交えて、「真夏の夜の夢」英語でやる。
コメディや落語もあったので、意外に好評。
これは1年前から私が参加していた勉強会である。次の段階を目指して、以後も頑張りたい。
25日(水)
「エブリ・リトル・シング」の稽古。
初めて立ち稽古。嫌味な教頭役を嫌味に演じる。
急に指名された野球部監督の役では弾けてみせる!稽古場の笑いを誘う。若い者には負けていられない。
26日(木)
「エブリ・リトル・シング」の稽古。
私の本役は代表作「クワガタと少年」のおじさん店員。
初対面の中学1年生と立ち稽古。彼の固さを取ることから始めた。
共演者で数少ない知人のナイロン100℃の長田奈々さん情報によると、原作者の大村あつしさんが私のファンらしいと知って驚いた。
夜はオペラシティのコンサート鑑賞。皇族の方もいらしたので驚いた。
27日(金)
中野ゼロホール「そのまま」公演。
外観とは裏腹に、館内はとても古い。
観客動員も心配だったが8割以上の集客。反応も案外に良かった。久しぶりに観に来た演出助手も満足気だった。地方公演で変わってきたのだと思う。特にベンガルさんの居方が。地方の暖かいお客様のお陰でもある。
28日(土)
パルコで「サンシャインボーイズ」の1幕だけ観劇。
江守徹さんが、本当に年寄りで良い味だ。人生の重みを軽く表現できるのが良い。何しろ喜劇人の話なのだから。
つくばカピオホールで千秋楽公演。
これがホールの外観。でかい!立派!周りは近未来のような都市空間。人工的で私はどうも好きになれない。ニュータウンんに歴史が出来るのは実現するのだろうか?最近の新聞記事によれば、大阪の千里ニュータウンは、住民は年寄りばかりらしい。
これが劇場内。こじんまりした良い雰囲気。都心から離れているので観客動員がやはり不安だったが、まずまずの入り。でも、やっぱり打ち上げは都内でやりたかったなあ。
楽屋ロビーで、缶ビール乾杯で散会。
さすがに今日のカーテンコールは、ダブルだった。
さて今回の「そのまま」は私に何を残したのだろうか?
ベンガルさんが娘役の藤谷美紀さんと話す場面が印象に残る。第3場の父と娘の会話である。
予想屋になる前の仕事。妻との若き日の思い出。デートで食べたハンバーグやケーキのこと。
人は自分の思い出を、いつどうやって語るのだろうか?
若き日の恋の思い出や、挫折のエピソードはきっと誰にも話さずに人生を終えるのだろう。小さな逸話は誰にも語られることもなく、その人の心の思い出としてだけその人の人生分だけ短く生きるのである。
特に男は何を語るのだろう?私の父は、多くを語らなかった。もちろん戦争のことも。
それでも酔うとたまに仏印の戦勝時代のことを少しだけ聞いた。
父の国鉄時代の同僚には何を話していたのだろう?
両親の若き日の結婚生活の思い出も、あまり聞いたことがない。
それでも母からは、娘時代のことや田舎の話しを聞いた。
奉公に出されたこと。食糧難のこと。私の知らない祖父の話。叔父の復員の話。終戦後の憲兵隊の話。
よく憶えているのは、小学校の唱歌で習った「鳩ぽっぽ」を逆さ言葉にして遊んで歌った思い出。
「♪ツポツポ、トハツポツポ、メマガ、シホイカ、ラソゾルヤ、ナンミデ、カナクヨ、ベタニイコ♪」
貧しい時代のささやかな遊び。胸に染みる。
さてベンガルさんの台詞は、そんなことを思い出させてくれた。
あの予想屋が、そんなことを語るだけで人生の貴重な一瞬のように思えた。
人は死ねば、他人の思い出にしか生き残ることは出来ない。そうやってささやかな歴史が繰り返されてきたのである。
私も何かを語り、何かを黙るのであろう。
でも大事な人との思い出は、やはり大切にしたいなあ。
話した方がよいことは、口に出して生かしてあげた方が良いと思う。それも優しい生き方であると思う。
開演前に出演者全員で記念写真。
どうも皆様、お疲れ様でした!
『出演者による、そっくりさんショー』
でんでんさんの「ダライ・ラマ」
でんでんさんの「アラーキー」
三田村さんの「田中邦衛」
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