4月16日(金)暖かい、というより昼間は暑い
いまだに毛糸の上着を着て外に出たら、さすがに暑かった

午後4時Knigtsbridgeのハロッズの裏にある教会St.Savioursに到着。
今日はここで「JAIL TALK」をやることになっている。2月に打ち合わせをした女性Sさんのプロデュースの一環に加えてもらった。彼女たちはコンテンポラリーダンスのパフォーマンスをやることになっている。

私の確認不足で、上演時間が40分くらいしかないことを今日改めて知る。
気持ちを入れ替えて1場と2場だけをやることにした。
多少モチベーションが下がったのが、却って好結果を生んだ。肩の力を抜いた演技が出来たのだ。言葉も分かり易いように出来る限り丁寧に喋った。反応はまずまずだったろう。
教会まで足を運んでくれた楠原さんと例の「魚の祭り」の共演者で、亡くなった弟役を演じていた青年俳優と中華街で食事。彼は劇場ではない場所で一人芝居を出来る集中力に感心していた。とても興味を持ってもらえたようである。紹興酒を飲みながら、珍しく出来る限り英語で会話するように努めた。以前よりも苦にはならなくなっている。
でもボキャブラリーは増えてないなあ、やっぱり。後で楠原さんに聞いたら、そのためには英語の本を読むことだそうである。

そのまま先週会った森尚子さんと合流
彼女の紹介の会員制クラブで楠原さんと3人でワインを開ける。さすがにミスサイゴンは良い場所を知っている。私が普段飲むような店とは格が違う。周りにはヤングエグゼクティブみたいな男女がだらだらとしていた。はい、だらだらしてました。そんな風にリラックスする店なんだそうである。
ちなみに彼女はイギリスの有名コメディ番組でもレギュラーを持っているらしい。
話は日本とイギリスの演劇の話やドラマの話、演技とは?などと盛り上がる。みんなそれぞれ素敵な経験をし、悩みを持ち、一家言持っている。

盛り上がって、3人で彼女の家でまた飲む。やはりミスサイゴンは若いのに良い家に住んでいる。深夜の庭でワイングラスを重ねる



4月17日(土)
森さん宅の可愛い庭で3人で遅い朝食。彼女がマッシュルームやオニオンの具だくさんの美味しいオムレツを作ってくれた。ただベーコンの賞味期限が切れていたらしく、しかも炒めてからそれに気づいたらしいので、ゴミ箱からは捨てたベーコンの煙がモクモクと出ていた。一瞬火事かと思ってビックリした

バスに乗ってCamdenまで行く。イスラム圏の人たちの町や見知らぬ町をたくさん通り過ぎた。読めない文字の看板もたくさんある。ダブルデッカーのバスの2階からそんな風景を眺めているのも楽しい。

パソコンのメールの調子が戻らない
日本の嫁さんに指示を聞いたりしたが、一向に解決しない。こんなことで段々苛立ってくる自分が情けない。
便利になることは不便の始まりである。こういう時に痛感する

今日はKnights Bridgeの昨日と同じ教会で落語のワークショップだ。

本番前に教会のステンドグラスの前でその様子を撮影






6時45分からスタート。教会で落語をやるのは、日本のお寺でよく落語会が開かれるのと似ている。お坊さんにも、そういう活動が好きな方が多いのだ。私自身も春風亭昇太くんと2度ばかりそんな会に呼ばれている。
ここの牧師さんも同じような考え方だと思う。そこで実は落語の元祖は安楽庵策伝という江戸時代のお坊さんだったというような前説から始めた。牧師さんが興味深そうに聞いていた。そもそもこの牧師さんは、昔スタンダップコメディアンだったそうである。だから教会でのパフォーマンスに好意的なのだ。日本で言うとポール牧!?いや全然違うな。

今日は昨日の倍以上のお客さんである。やはり土曜日が人出が多いのだ。人数が多いと 反応が良い。私は昨日の「JAIL TALK」のように、ゆっくり落ち着いて話すことにした。段々発表の機会も少なくなってきている。一つずつを確かめておかないとね!
「厩火事」を英語と日本語で、「桜鯛」は英語だけでやった。思ったよりイギリス人のお客さんが多かったからである。

「厩火事」の実演は女性にやってもらった。そのまま高座に上げようとしたら”出囃子、でばやし”とレクチャーしたばかりの日本語で催促された。さすがイギリス女性である。桂文楽の出囃子「野崎」で登場願った。夫婦の会話の男女の上下の使い分けを、彼女はわざと女性上位にした。はっきりした人である。
下げも終わって、私が”Your English is very good.”と、当たり前のことを誉める。こういうベタネタが結構受けるのである。
次に蕎麦の食べ方を男性2人にやってもらった。いつまでも麺を食べ続けるので”そんなにないでしょ”と、突っ込んで爆笑。もう一人の人は蕎麦をすする音が何だか風がゴーゴーと鳴る音のようで面白い。お客さんも喜んでくれた。

今日は、ネタおろしの「後生鰻」もかける。教会でやるにはちょっと残酷な話かなと思ったが、OKだった。

私の出番が終わった後で、今日は後のパフォーマンスもゆっくりと見届ける。
まずビデオで収録した映像とダンスのコラボレーションが30分。イギリスにいる芸術関係の学校の日本人生徒を辿っていくだけで、かなりの数の芸術家志望の若者に出会えるらしい。今回はダンスパフォーマー、元パントマイマーでダンサー、ヘアデザイナー、映像クリエイターなどの若者が揃っていた。中には日本から遊びに来ていた青年座の女優さんなどがパフォーマンスに参加させられたりしていた。
次に教会の聖杯堂を若い女性の部屋に見立てたコンテンポラリーダンス。こう見えても私はコンテンポラリーダンス好きである。本日のパフォーマンスもとても面白かった。二人のダンサーは想像以上の踊り手だった。
特にソファの後からホラー映画「貞子」のようにずり上がって出てきたりするのが好きだった。プロデュースしているSさんは、なかなか想像力豊かである。
ロンドンに来て日本人たちの新しい表現を見ることに大満足。

さて打ち上げがあると思っていたら、この催しにはそれはなかった。どうも日本式の行為は歓迎されていないようである。
拍子抜けしたのでお先に失礼する。そのままは帰られず、途中下車してSOHO JAPANに一人で顔を出してしまう。
焼き鳥にメンチカツ、サケのハラスの塩焼きと好きなつまみで酒を飲む。美味いねえ!マスターが極上の日本酒を分けてくれた。木の香りのする枡で飲むとこれがまた美味い!こうなるとどんどん行け行けである。
この店に来ると本当にリラックスできる。
ロンドンに来た際には皆さんにも是非お薦めである。
結局、マスターとマネージャーと遅くまで飲み、そして語らってしまった。仕事のことやら芸談やら、マスターとは生まれ年が同じなので話が合う。一応私の方が学年は一つ上だけど。
とにかく今日も楽しいお酒であった


4月18日(日)一日中雨が降ってる日曜日
寒さが戻ってきた

洗濯などしながら近所のTescoで生活必需品のお買い物
Tescoで初めて寿司を買ってみる。米が乾いてしまっていて、ぼそぼそして美味くない。保存の仕方を理解していないようだ。

森尚子さんが「JAIL TALK」のビデオを取りに来た。去年のの日本上演作を渡す。知り合いの劇場関係者に見せてくれることになっている。上手くいけば滞在中にもう1回劇場で上演できるかもしれない。こういう伝が今回は重要である。

午後6時半Notting Hill Gateに出かける。Gate Theatre で情報誌Metro二つ星の「Happy yet?」を観るためだ。この劇場もフリンジでは有名だ。外国の作品をよく紹介しているので、日本の坂手洋二の芝居もやったことがあるらしい。
是非1度来てみたかった劇場だ。パブの2階にあるこの劇場は、Notting Hill Gate の駅を出てマーケットで有名なポートベロ通りに行くすぐ手前にあった。2年前にあれだけ探して見つからなかったのに、あっけないほど簡単に見つかった。






劇場内は下北沢のスズナリを小さくした感じ。いかにも小劇場の雰囲気を醸し出している。舞台下手が楽屋なのだろうか?何かで塞がっていて多少使い辛い気はした
情報を見落として開演に少し遅れてしまったので芝居はすでに始まってしまっていた。それでも受付の人に強引にお願いして入場させてもらった。
壁も唯一の出道具のベッドも白を基調にしたシンプルでモダンなセット。所々に芝居にアクセントをつけるための、すだれが天井からぶら下がっている。時にはカーテンに、時には壁の役目もしている。

私が入っていたときには、中世のかつらをつけた男性とスリップ姿の女性が何やら揉めていた。側には別の男女が一組。どうやら前者は主人夫婦のようで、後者は召使のようだった。夫婦の喧嘩に、召使もあたふたしている。
これから以後、別の男女の組が痴話喧嘩を繰り返すオムニバスのような展開。そんなにリアリズムにはこだわっていないようだ。それでも大勢の中年以上のお客さんが大笑いしている。日曜日の夜のフリンジに、これだけお客が集められるだけでもロンドンでは立派なものだと思う。これがこの国の観劇層の厚さである。

芝居の方は、最初のうちは動きの多い展開に興味がもてたが、結末に向けて言葉だけの応酬になってしまったので理解不能になった。タイトルから察すれば、何組かの男女の揉め事の話であろう。だから”それでも幸せ?”ってな題なのだろう
残念ながら今回も私には面白いとは思えなかった。
劇場を見られたことと、こういう芝居もやっていることを知ったことで○としよう。チラシによれば、今日の芝居は現代フランス劇の翻訳作品らしい。

劇場の目の前にあったバス停に、たまたまCameden Town 行きのバスラインを見つけた。しかもすぐにその31番のバスがやってきたので飛び乗る。
全く知らない道順を走るので、時々通過する地下鉄の駅を地下鉄MAPで確認しながら窓外を注意して見ていた。そしたら隣の席に座った黒人女性が、丁寧に降りる場所を教えてくれた。ロンドンではこういう親切にもよく巡り合う。ありがたい。私も丁寧にお礼を言って別れた。


4月19日(月)朝は快晴。午後雨。夕方快晴。ロンドンらしい
午前7時半起床。日本のプロバイダーのカスタマーサービスに電話をかける。メール機能の故障を訴える。おそらくサーバーの容量を超えたメールが保存されているのだろうということになり、新しいソフトをダウンロードしたりしてサーバー内容の検索。指摘の通りらしいので溜まっていたメールを全て削除。ここまでで20分以上かかってしまった。質問しながらインターネットに接続するためには携帯電話で日本にかけざるを得なかった。高くついた修復作業だったが上手くいってくれ!

朝から大変な作業ですかっり出かけるのが遅れた。今日はフランセスキング英語学校のEクラスのお試しの日である。それなのに30分以上遅刻。ああまたしても!

教室に入ると生徒が5人。先生はジャマイカ人のトリシア。スレンダーで知的な、いかにも先生らしい風情の中年女性。物言いははっきりしているが、怖そうな感じではない
さて
文法は何とか分かった。少しばかり安堵と喜び
でもやはり Listeningは難しい。他の生徒の中では、イタリア人の女性が抜群の聞き取り能力を持っていた。じゃ何故もっと上のクラスに行かないのだろうと思ったら案の定、文法は私と大差ない能力だった。出身国によって得意な分野が違うのである。

これが最後のイギリスでの英語学校のチャンスである。思い切って少し無理してでも1週間だけ受けてみることにした。
休憩時間に早速料金を払って2時限目に突入。男性は私とベルギー在住の若者の二人だけ。彼とペアになったが、中々楽しそうな奴でホッとした

午後は授業終了後にイギリスの航空会社British AirwayのPicadilly Circus支店で、帰りの搭乗券の記載変更を届け出た。日本の旅行会社を通じて、帰国を4日間延ばすことはすでに手配済みだったので簡単だった。
こういう作業をしていると、この地を去るのも少しばかり寂しい気持ちにもなってくる。

夕方わざわざHammersmith駅のLylic Theatreまで行って「Shockheaded Peter」のキャンセル待ちにチャレンジする。グリム童話のような本当は怖い童話をミュージカル仕立てにした話題の芝居である。情報誌でも、知り合いのイギリス演劇人も盛んに薦めるので、当日キャンセルの列に並ぼうとしたが、到着した時にはすでに30人以上のキャンセル待ちの人だかりだったので素早く諦めた。
劇場の位置だけ確かめたので良しとしよう。ここは新しい芝居に意欲的な劇場である

さて何をしようかと考えて、5月6日からロンドンに来る友人が泊まるホテルをこの眼でチェックに行くことにした。
彼の名前は橘右門。大学の落語研究会の同期生で、現在は寄席文字のプロである。彼には落語のワークショップを、さらに内容の濃いものにするためにお手いしてもらうことを以前から決めていた。
そんな訳で、私が宿泊ホテルの手配もしたのである。
今回の文化交流使の予算の中からやりくりしなくてはならないので、高級ホテルというわけにはいかなかった。でもB&Bではあるが、2ツ星のホテルである。
場所は我がCamden Townの一駅隣ののChalk Farm。ここならお互い便利である。
ホテルロビーの女性に案内してもらった部屋は、広くはないが日当たりの良い部屋で、お風呂はバスタブ付きの日本人好みのタイプ。すぐ側にはスーパーSains Burryもあるし、駅からは歩いて1分である。リーズナブルなお値段であろう。
何か細かい問題が起これば、日系の旅行会社に頼んだので交渉はしてくれる。
一安心である。

さてさて残りの日々の予定も決めなくてはと部屋であれこれ考え、パソコンに向かって情報収集と旅行会社などに問い合わせ。
これがかなり面倒なのである



4月20日(火)朝は快晴
英語学校2日目
宿題の範囲や設問を聞き間違えていた。俳優学校でも同様の間違いをよくしていた。聞き取りの弱点だ。納得するまで聞き直そう

間接話法の置き換え問題をしつこくやる。私にはやり易い課題だ。
旅や島国の話題を書いた長文読解して即座に説明する練習。以前よりは早く読めるが、それでもまだまだ。
そしてやはり、リスニングが難しいと感じる
とにかく少人数のクラスは集中力が要る。みんなのレベルについていこうと私も必死であった。

学校の側にある店でランチ。2ヶ月ぶりに行く店だ。この日記に顔写真入りで登場させたロベルト・ベニーニに似たイタリア人は、よくお互いに喋ったの割りには、すっかり私のことを忘れているようだった。
うーん、ちょっとがっかり。
でも久しぶりのEnglish Breakufastは懐かしい味だった。

午後は旅や島国の話の続き
ところが、ここまでで脳味噌を使い果たしたのか、午後3時を回ったところで段々拒否反応が出始める。
それに、何をやったのかも混乱してきた

先生が何か言っても耳と頭の蓋が塞がれているような感覚だ。これは本当にそんな感じだった。はっきり自覚症状があったのが興味深い経験だった。
”もう勘弁してくれー”と言いそうになった頃に、発音だけのお勉強になったので助かった。これであんまり頭を使わなくていい。フーッ!
と思ったのも束の間。今度は数字の数え方と数学的な計算の読み方などで再度混乱をきたす。それに先生のトリシアは、まるで尻尾まで餡子が詰まった鯛焼きのような授業をする。つまり終了時間ぎりぎりまで手を抜かないのだ。私には、さらに教え方の加速度を増した気さえした。
4時少し過ぎ、やっと解放。

放課後の廊下で、2月の最初に受けたクラスの生徒と再会。彼は日本人だ。すっかりレベルも向上していた。頑張っているのが頼もしい

Licester SquareでHalf price のチケットを取る。今日はエジンバラ演劇祭からのし上がってきた一人芝居だ。
余った時間でPicadilly Circusを散歩していたら、今回の演劇留学のお世話になった演出家 Glen Walford と道でばったり会った。彼女の方が、しっかり私を覚えてくれていた。私がそれなりに英語で会話出来るようになっていたので、彼女も喜んでくれた。再会に重ねて嬉しさが増した。帰国までの再会を約束する

楠原さんに紹介してもらった店で、ビートルズグッズを探す。ここは映画のポスターや、グッズを専門に売っている店だ。地下にはビートルズグッズもかなりあった。復刻版の雑誌は安いが、当時の本物の雑誌やお宝グッズは相当の値段がする。
ロンドンに来る前に壮行会を開いてもらった渋谷のお店は私が行きつけの店で、公私共にお世話になっている。そのお店がビートルズの生演奏のパブなので、今日はお土産のビートルズグッズを物色である。
色々迷ったが、本日のところは、古いスチールのビートルズ看板と復刻版の雑誌を買った。気に入ってもらえるといいが

一人芝居「Hurricane」を楠原さんと観劇。Art Theatre
実在したスヌーカ(ビリヤードに似た競技)の英雄で、酒や薬や女や奇行で身を持ち崩した典型的な自己破滅型の人物の激しい人生模様を描いた芝居。エジンバラ演劇祭からのし上がってきた作品らしい。一人芝居なだけに期待が高まる。

冒頭シーン、老いさらばえた主人公が汚いコートに身を包み、しわがれ声で周りの人たちと会話している場面に吸い込まれる。我々のやり方と共通した一人芝居の作り方である。象徴的なセットや薄暗い照明、抑え気味の演出も良い雰囲気だ。
だが、ここまでだった。
コートを脱いで若い頃の主人公になったところから、私は興味を失い始めた。一言で言えば、やり過ぎなのである。他のイギリスの芝居のように喋り過ぎでもある。
エジンバラから勝ち上がってきた勢いは買うが、私はもっときめ細かい芝居を望んだ。
それとこの国の大体の芝居に言えるが、照明が単純過ぎる。今は亡き岸田理生さんから聞いたことがあるが、照明は面で切れないと駄目なんだそうだ。光のエッジが問題なのである。そういえばガジラに出演した時も、面で切る照明を多用していた。ところがこの国では面で切るどころか、照明機材も少ない。当然バリライトやレーザーなどはあまり見かけない。従って、日本の凝った照明に慣れている私らには物足りない感じがする。
この芝居で言えば、明りが漠然としていていただけないのである。

しかし観客は勢いのあるこの芝居に、かなり満足のようでスタンディングオベーションも相当あった。おまけで言えば、終演後のロビーにはモデルになったスヌーカの英雄、つまり本物がお客様にサインをしていた。実はかれは現在ほとんど乞食同然の暮らしをしているらしい。
楠原さんは芝居よりも、本物がいることに興奮していた。

パブで一杯。楠原さんの意見に寄れば、台本が単純過ぎるとのこと。誰でも知っているような事実しか書かれていないそうで、もっと作家(演者本人)として独自の見解を示すべきだというのが楠原さんの結論。どうしても勢い芝居に頼ってしまっているという指摘は私と一緒。
帰宅後、日本からのメールや留守電、FAXに混乱する。
色々と対応し切れんのだよ!



4月21日(水)雨がちな日
今日は早朝から日本の旅行会社に電話。来週エジンバラ、そしてさらに北部のウィスキー蒸留所へのバスツアーやホテルの予約の確認をする。結局メールでは細かい気持ちのやり取りが、会話のようには迅速、かつ滑らかにいかない。
日本の銀行から料金を振り込まないと間に合わないことなどが分かり、再出発前の嫁さんに電話したりとあわただしい。

こんな日は、もちろん英語学校遅刻
ちなみに今回はイタリアとハンガリーと中国と日本人の女性が一人ずつ。フランス出身で今はベルギーに住んでいるという(何人だ?)若い男の子がクラスメートで、私を入れて計6人。この人数だと発言させられる数も多いので神経の集中が必要だが、勉強してるぞという実感は確実に増す。
今日はいきなりListneingの時間に飛び込んだ。やはり一番苦手な分野である。しかし1月に感じたようなプレッシャーは今はない。つまり分からなくても恥ずかしくないやという軽い居直りがあるのだ。

授業を30分早退してBAC(Battersea Art Centreの略)でやっている芝居を楠原さんと観る。
楠原さんの説明によれば、昔は市民センターだった所だそうだ。そういえば館内の造りは公共の建物を思わせる廊下や部屋だった。
階段を2階に上がると、体育館のような大きい室内劇場がある。日本で言えばベニサンピットを大きくした感じだろうか。
今日の芝居は地方の劇団の公演である。

結果的には私はこの芝居に大いに満足した。
大雑把に言うと人に優しいアングラという感じ。物語は大体こんな感じである。
ある国のお妃が”私が死んだら、この指輪がピッタリはまる女と結婚して”と言い残して死ぬ。王は亡き妻の言う通り、指輪の合う女性を探す。この件はシンデレラ物語をモチーフにしている。
色々探し回った挙句、結局自分の娘に指輪がピッタリはまってしまう。こともあろうに王は娘と結婚しようとする。ショックを受けた娘は、はずれなくなった指輪をしたまま家出をし、放浪の旅に出る。以上1幕。

放浪の旅は御伽噺のような様相とアングラ風味を加味した魅力的な展開になる。魚の国へ行けば映像(決して豪華ではないが)を駆使して見せ場を作る。鶏やアヒルのいっぱいいる国では、ゴム長靴の先に黄色の傘をくくりつけてそれを鳥たちに見立てる。つまり演者の足の先に鳥を見立てて、そのユーモラスな動きで見せてくれる。しかも演者は演奏や合唱で同時に楽しませてくれる。
普通の劇場ではないので、サーカスのように2本の支柱を立てて高い場所に吊り橋や演技スペースを作って劇的空間やイメージをも広げてくれる。
旅の途中で娘は恋の眼鏡にかなう男性に出会う。彼のお陰で抜けなくなった指輪がようやくはずれる。しかし彼は綺麗なドレスに身を包んだ娘と、木で作った貞操帯のような醜いドレスを纏った普段の娘の姿の区別がつかない。それは両方とも彼女なのだ。彼は美しい方の娘だけの虜になっている。傷心の彼女は自分の想いをオムレツに込め、その中に指輪を入れる。この場面は本当に舞台でオムレツを作っていた。同じく恋の病で死ぬほど落ち込んでいた彼は、そのオムレツの美味さと指輪に驚く。かくして男は物事の真実に気がつくのであるが、娘は更に遠い旅に出ていたのである。
ラストシーンで劇場の扉が開き、屋外の世界に展開していれば正しく唐十郎のテント芝居と同じであった。
だがこの芝居では彼女の分身であるドレスが、天井へと高く舞い上がる美しい終焉の場面に留めてあった。最後に彼女が紡ぐように語る詩的な台詞に、私は不覚にも泣きそうになってしまったものである。イギリスで観た芝居で笑ったことはあるが、涙が出そうになったのはこれが初めてだった。そのくらいに予想外に当たりの芝居だった。

この芝居には他にも細かいアイディアはいっぱいだった。
つまりやる気はあってもお金がない地方のセミプロ演劇集団が、ありきたりでないオリジナルな物語を、劇場から大道具・小道具まで全部手作りで創り上げてきたのである。
だから全てが他の芝居にはないような新鮮味に溢れていた。俳優の年齢も風貌も様々、美形はいないものの個性的な面々だった。
おそらく日本のアングラのようなものや前衛的な芝居からも充分影響を受けているのであろう。それを小難しく取り入れるのでなく、誰にでも分かるファンタジーに仕上げているのが実に好印象だった。

こんな芝居を観た後には、すぐには家に帰れない。
楠原さん宅で夕食をご馳走になる。豚肉の甘いタレをつけた焼肉が美味い。
きょう子さんが、インターネットでエジンバラ行きの列車の詳細を調べてくれた。もっと早めに予約していれば安いオープンのチケットもあったらしい。旅慣れていないのと、私の決断力の遅さが原因だ。だって頭の仲も忙しいのよ!


4月22日(木)今日は快晴。気温も上昇
来週のエジンバラ行きの確認を日本と連絡。

英語学校の授業は別の先生だった。
うーん、今日は読解力のレベルに差を感じてしまった。他の生徒は皆さん早くて正確だ。
例えばテキストの質問の意味が一読しただけでは分からない。だからすぐには答えられない。全てが悪循環にならざるを得ない。
そして肝心の長文読解が遅い。
みんなの半分くらいの速さでしか読めない。でも実を言うと、前は3分の1の速さだったので少しは進歩したのかもしれないが・・・。

ビジネスに関する質問、これも苦手だった。私は普通の会社で働いた経験がないので、どういう社員を雇うかなんていう設問は不得意だ。ところが英語学校ではこういう質問が多いのである。

放課後
ヒースロー行きの急行列車の発着するPaddingtonでエジンバラ行きの列車の切符を購入。きょう子さんが資料をプリントアウトしてくれていたので、それを見せたらすんなり買えた。National Rail Wayの列車の切符はある程度大きい駅なら、どこでも買えるそうである。

その足で、嫁さんをヒースロー空港まで迎えに行く。
無事に到着。すんなり税関を通過したらしく思ったより大分早い時間に出てくる。嫁さんの意見によれば、飛行機を降りたら急いで税関に向かうこと。そうすれば、それだけ早く出て来られるらしい。これはちょっと役に立つ意見かも?!

Camden Townのスペイン料理屋で夕食。森尚子さんから教わった店である。
スペイン料理は総じて薄味だが美味しい。特にパエリアに満足。ムール貝にイカに魚、シーフードの具も盛り沢山。ていうか二人ではとても食べきれないくらいだった。

ところで本日はジャンパーを脱いでも平気なくらいの陽気だった。

さらにところで、イギリスの有名なコメディ番組から出演依頼が来る。キャスティングプロデューサーが先月のラジオ番組を聴いたらしい。日本人の面白い奴を探しているとか。これは意外な展開だ。


4月23日(金)今日こそ一日中快晴。初夏のよう
今日はGジャンとシャツだけでも暑いくらいだった

フランセスキング英語学校のこれが本当の最終日。これで都合3回、4週間通ったことになる。果たして英語がどれくらい進歩したのだろうか?初期のレベルDからEにはなったものの自分でもよく分からない。
今日は言葉の置き換えなど。例えば動詞の他の言い方。同じ”流行になる”でも”Popular”や”Caught in”という言い方がある。こういう文法の教え方は、このジャマイカ人の先生は上手だ。生徒の自信を失くさないように、しかしはっきりと指示してくる。

さて、全てに成績抜群のイタリア人女性を除いて、このクラスのメンバーはそれぞれ弱点はあるものの(例えば発音や聞き取りなど)向上心の強い人たちだった。
授業の後に誘われて、生徒全員でパブで一緒にランチ。
話を聞いたら、イタリア人女性はジャーナリストだった。なるほどそれで毎日英字新聞を読んでいたのだ。それなら成績抜群なのも理解できる。彼女とはフェリーニや北野たけし映画の話などをする。彼女はたけしさんの「Doll」が好きだと言っていた。芸術派好みなのだろう。

チェコスロバキア出身の女性はご主人を国に残して勉強に来ているようだ。ある企業を辞めて改めて英語の勉強をしているらしい。旧東欧圏の国の人たちは必死である。彼女からもそれを感じる。そして5月にはユーロの統合が進むのである

日本人の女性も信念が強そうだった。中国人の女性は数年前からパリを中心にヨーロッパに滞在していたようだ。つまりフランス語はすでに出来る訳である。英語が第2外国語なのかどうかは分からないが、発音に苦労していた彼女もすぐに上手になるのだろう。

ベルギーに住んでいる若者はアフリカ女性の彼女と今日はパブでいちゃいちゃいしていた。といっても浮かれている訳ではなく、2人とも勉強は真剣だった。
そういえば、彼は実に笑い上戸だった。2日目の授業で、私が先生の発音の仕方を懸命に真似していたら、それを見ていた彼の笑いが止まらなくなった。私は役者であるから多少変な顔をしようが気にしない。普通の人は照れてしないような口の格好で発音をするのに抵抗がない。むしろ極端なくらいにやる方である。確か”Coat”と”Caught”の発音の違い(前者は”オウ”で後者は”オー”である)の勉強だった。その私の顔が可笑しくて仕方なかったらしい。10分くらい笑い続けて、先生が彼に次の質問をするのを諦めたことがあった。

それにしても実に天気が良くて気持ちの良いオープンカフェのランチであった。
ロンドン万歳と声を出したくなるような時間だった。
そうなのだ私は今ロンドンで、イタリア人やチェコの人、中国の人、ベルギーの人、アフリカの人と一緒に、ちょっとばかり国際人しているのである。
でも私は嫁さんとの約束があったのでビールを一杯飲んだだけだったが・・・

打って変わって、Camedenの大衆食堂で嫁さんとランチ。以前食べ切れなかったツナスパゲッティや自家製具沢山のミネストローネスープ、特大オムレツを食べる。
カフェのランチでなくともこれはこれでGood!
ここでもビールを一杯。昼間から飲むビールは気持ち良い。 嫁さんもはしゃいでいた。

日本大使館に寄って印刷物を受け取る。内容は確か英訳した落語の説明と私のプロフィール
Fortnum & Masonで紅茶とビスケットの買い物。
お土産って、何故こんなに大変なのだろう!?

夜はウェストエンドの定番「Phantom The Opera」を観劇
英語が分からない人間にも充分楽しめるように作ってある。冒頭のオークションの怪しい雰囲気の場面から、突如高い天井まで舞い上がる巨大シャンデリア。見栄えのする演出で始まって飽きさせることがない。
何よりも恋愛関係の構図がシンプルで話の展開が実にゆっくりなのが、誰にでも分かり易い大きな要因であろう。
私は観光資源としては申し分ない作品だと思う。ロンドンはこういう作戦で外貨を稼いでいるのである。
最近観光を世界に再度開こうとしている日本も見習うべきところであろう。少なくとも日本の商業演劇では、日本の観客しか相手に出来ない。何か日本発信の舞台表現が出来たらいいのだけれど。
おそらくそれは古典を取り入れた何かなのだろう。
それにしてもこの劇場は大きかったなあ。ハーフプライスで買ったチケットの席からは舞台が、ずうっと下の方にしか見えなかった。



4月24日(土)ものすごーく良い天気
午前中こそ少し肌寒いものの、午後からは気温も上昇。今日は南海岸の老舗の保養地Brighton に行ったこともあり、Tシャツ姿の人やほとんど水着姿の女性も多く見かけた。

お昼前にVictoria の駅からBrighton 行きの列車に乗る。
本日はBrightn University のJAPANフェスティバルに参加である。会場は校舎内の劇場Sallis Benney Theatre。
劇場といっても体育館の様な設備で、正面にステージ、客席両脇に天井桟敷のような席もある。真ん中のアリーナみたいな低い平場が普段の客席のようなのだが、今日はそこに”折り紙”やら”駄菓子”やら”マッサージ”などの日本を思わせる出店がオープンしている。何だか嫌な予感がした。これはもしかしたら、かなり雑然とした状況で舞台を進行しなければならないのかも?
会場に着いた途端に嫁さんが着物の着付けの手伝いだ。彼女は呆気に取られたように楽屋に走らされた。
主催の方に会場内で着物のワークショップをやったらどうかと進められたが、それでは舞台上でパフォーマンスをしている方たちに迷惑でしょうと辞退する。

果たして私の落語が始まった時には、かなり上演がやりにくい状況であった。
私の前に行われた着物の高座の後で休憩時間にしてしまったので、お客さんは各種の出店に群がりだした。そして、はっきりしない進行のままにステージが再開された。
当然場内はガヤガヤとうるさい。私は出来るだけ立ち姿で大袈裟にアピールしながら、落語の説明を始めたが時すでに遅しであった。ほとんどの人が出店の参加型イベントに夢中である。
それでも私の落語を聴こうとしてくれるお客様の姿も見かけられたので、めげずに20分のステージを務めた。
あんまり受けないんで自分で可笑しくなってきたりもした。この年になるとさすがに色々な状況で舞台に立ってきたので動揺しなかったが、気の弱い新人だったらどうだったのだろう?
私の高座の途中で楠原さん夫妻や森尚子さんらが会場に到着したのが見えた。どうやらこの状況に困惑しているようだった。後で聞いた話だが、彼女らは主催者側の人に”ステージに集中できない”この状況を糾弾しに行ったそうである。さすが意見をはっきり言う国で生活している人たちだと思ったが、当然といえば当然のことである。

この日に感じたのは、受け手の観客や参加者への対応を熟慮せずに、とりあえずは日本の文化を発表して満足している現場が多そうだということである。これは日本文化を伝える上で重要な問題である。各種条件が難しいであろうことは想像できるが、精神論や観念だけの文化の伝達では一方通行になり易い。せっかくボランティアで参加している表現者が多いのだから、私を含めたその人たちにとって如何に表現し易い状況を設定するかが製作側が成すべきことではないだろうか。特に大衆芸能などは本来娯楽である、決して講義ではない。楽しみ方があるべきである。
表現者の気持ちを分かってほしいというのが結論である。それが上手くいけば、きっとイギリスのお客様にも心に残る文化の交流が伝えられると思う。

そんな訳で、責務を果たしてさっと会場を後にする。
今日はわざわざBrightonまで観に来てくれた楠原夫妻、森尚子さんらと海岸をドライブした。この辺の海岸には砂浜がないらしい。ゴロタ石の浜が続いて、時折小さな港や、突然顔を出す石灰岩の切り立った断崖がある。海の向こうは、もうフランスである。
ゴロタ石の浜で小石を拾う。角が取れて石猫が描けそうなのや、不思議な模様や割れ方の石など様々。日本の川と海との違いがこういう石を生み出すのだろう。
帰り道のドライブでは、菜の花畑の黄色が目に鮮やかだった。

ロンドン郊外の中華で食事。楠原さんお薦めの本格中華。
Hot Sour Soopも、中華丼の具みたいのも美味しかった。
それとこの店ではメニューが面白かった。品物の説明を中国語や英語と一緒に日本語でも説明してあるのだが、この日本語が微妙にずれているのである。
例えばAromatic Crispy Duckは”香ばしくてもろいアヒル”と書いてある。確かにパリパリしているが”もろい”はないだろう。Steamed Boneless Chicken は”骨の抜けた蒸すチキン”これじゃ料理にまるで気合が入ってなさそうである。正しくは絶対に”骨を抜いて蒸したチキン”であろう。Boiled Plain Prawnは”茹でる海老”。”じゃ今から茹でるのか?”と突っ込みたくなる。Stuffed Bean Curd with Mixed Meat in Hot Pot は”スープに入れた豆腐と色々な肉”肉の説明がいい加減すぎるよ!

帰りの車は子供状態。食べたら俄然眠くなり熟睡、そのままずるずると家でも寝てしまう。移動も含めて今日は疲れてたんでしょう。本当に子供だ!



4月25日(日)曇りがちだが気温は上昇
洗濯をたくさんする
Leicester Squareまで行って、National Galleryで絵画の鑑賞
私はモネやゴッホ、そして淡い点描画が好きだった。
宗教画が多いことに改めて気づく。中世の画家にとっては、教会や宗教家たちがパトロンだったのだろう。そこに画家生命をかけざるを得ない事情もあったのだろうと想像する。
私は絵の鑑賞に関してあまり意見を持たないが、作家の人生を考えたりすると奥深いものがあるなと感じたりもするのである。
補足ながら、こういう国立の美術館が入場無料であることは評価すべき点であろう。

小腹が空いたので、Actors Centreの側の回転寿司に入る。前回食べた時より美味しかった。何よりシャリが乾いていなかった。
店に入る時間によって味が違うような気がする。
※教訓!ロンドンの回転寿司は、客の回転の速いときに食べるべし!

Acotors Centreで休憩

Camden Townに戻って、例の丘の上に上る
今日は陽気も良いので大勢の人が芝生に寝転がったり、遊んだりしている。
上から見ると木々の緑が増えたのがよく分かる。季節は今燃え出している。
緑の向うには、今日も市内のビルが見える。嫁さんも感激していた。
気持ち良いくらいに伸びた芝生で、暫しごろ寝。ひんやり、ふかふかで実に気持ち良い。10分くらい本当に寝てしまった。

街の店で靴を買う。知人のお土産用に買うつもりが、気に入って自分の分も買ってしまった。しっかりした品物はマーケットではなく、きちんとした店舗の店で買う方が良さそうだ。この靴屋ではイタリア製の靴を何足か購入した。

帰り道、夫婦仲良くTescoでお買い物。

漫画家の玖保キリコさんと連絡を取る。
何だか、残りの日々はスケジュールが詰まって大忙しになりそうだ。



4月26日(月)
今日から2泊3日で嫁さんと一緒にエジンバラに小旅行。
朝9時過ぎ Kings Cross 駅に到着。列車は10時発であるが、今日こそは遅れてはならじと早めに着いた。ところが出発時刻表を見ると、9時発からのエジンバラ方面行きの列車が軒並み”Delayed”遅れていた。待ち合い場所は乗車を待つ人ごみで溢れている。
駅員に聞いても明快な答えは帰ってこなかった。
待つこと1時間。突然私たちの乗る列車の前の列車が全て”Canceled”になった。続いて10時発の列車の改札が始まった。それまで並んでいた一団が、どっとその列車になだれ込んでいく。多少の不安はよぎったが、指定席を予約しているのだから大丈夫だろうと高を括ってゆっくり乗り込んだら客車は全て満席で立っている人もいる。私たちの席にもすでに女性の先客が坐っている。”This is my seat”と主張してみたが、”今日は他の2本の電車がなくなったから仕方ないのよ”と真っ当に答えられた。状況は充分に察せられたので、問答する気にはならずに通路で立っていることにした。
やがて列車は120%以上の客を乗せて動き出した。

イギリスの車両は通路が狭い。絶対に車内販売なんか出来ないくらいに狭い。そこをトイレに行く人や食堂車に行く人の行き帰りがひっきりなしに続いて、私たちの背中をすり抜けて通っていく。太った人が通っていくときはもう大変である。おまけに、こんな時でも車内検札が来たりしたから驚いた。
※帰りの列車で気づいたが、実はこの狭い通路でも車内販売はあった。さすがに過密車両での販売は控えたのだろう。

快適なエキスプレスで、車窓を流れるイギリスの田舎の風景を見ながらのんびり北へ向かうはずの当ては思いっきり外れて、すっかり苦行の旅になってしまった。
特急はなかなか駅にも止まらない。立つこと2時間、嫁さんが”連結車両の辺りで床に坐っちゃいましょう。その方が楽よ”と言うので、止む無く従う。
大学1年のときに北海道をカニ族スタイルで旅行した際には、床に坐ったり寝たりしたことはあるが、まさかここでそうなるとは思ってもみなかった。






乗車してから3時間くらいで、やっと車内に空席が出始めた。早速ダッシュで席を死守する。席につくと今までの疲れが出て2人ともどっと眠り込んでしまった。もう何の旅やらである。
目が覚めてみると、窓外の景色はロンドン郊外とは別の様相になっていた。緩やかな丘陵が続いて、羊や牛や馬が草を食んでいるのは同じなのだが、咲いている花や草木、そして家の造りが違う。スコットランドはやはりどこか違うのだ。
そのうち進行方向右手に青い海が見えてきた。ヤッホー!
線路は海沿いに10数分続いた。小さな漁師町や岩場や断崖が見え隠れする。沖の方には漁船らしき船も見える。疲れは吹っ飛んだ。

遅れに遅れたが、午後3時過ぎに列車はエジンバラのWavebury 駅に到着。実はエジンバラにはエジンバラという駅はないので要注意。
街に降り立って振り返ってみて驚いた。線路の向こう側に、まるで中世を思わせるような、そしてロンドンの建物よりずっと背の高い建物がズラッと並んでいる。
カッコイイー!スゲエー!もう感嘆である。
地図を見ながらホテルにチェックイン。ここは New Town にある伝統のある渋くて良いホテルだ。荷解きももどかしく、すかさず街を探索することにした。
そして見つけたのがこのエジンバラ城だ。





断崖に立つ天然の要塞。ここならマクベスが住んでいてもおかしくはない。カッコイイー!スゲエー!またまた感嘆。

その足でOld Town と呼ばれる街並みを散策した。本当にここは中世である。石畳、くすんだ建物、何気ない路地まで、タイムスリップしてしまいそうな錯覚に陥る。うーん絵になる光景ばかりなのだ。
お土産屋からバグパイプの音が聞こえてきたので思わず入ってしまうと、毛織物だのマフラーだの帽子だの、買いたくなるものばかりだ。”いやお土産は後で”と自制して、今にも馬車が出てきそうな石畳の坂道を歩いていると、またバグパイプの音色。今度はおじさんの生演奏、そこは聖ジャイルズ教会の大聖堂だった。
見る物全てが楽しい。町は古いが、私たちは新鮮な驚きでいっぱいだった。
エジンバラすごし!
スコットランド良い所、一度はおいで。アーヨイヨイである。
途中ワインを買ったり、明日のバスツアーの集合場所を確認したりしてホテルへ戻る。

ホテルの眼の前の Hard Rock Cofe (うーん、近所にここしかなかった。突然アメリカである) で、ビールを飲みながら夕食。
スコットランドは、なかなか日が暮れない。8時過ぎても日の明るい街を眺めながら談笑。ゆっくり一日が終っていくのである。

※スコットランドに来て気づいたこと。
有色人種の数が、めっきり減った。
※ホテルで気になったこと。
床がきしんでキーキー鳴る。さすが200年前の建物だ。
お風呂のお湯が茶色い。ウィスキーのような色をしている。鉱泉のようなものだろうか?



4月27日(火)スコットランドは雨
コンチネンタルの朝食。Haggis(牛の血や肉を混ぜたハンバーグのようなもの。独特の苦味と食感が良い)や Kipper(ニシンの燻製)が新鮮な味覚で舌を楽しませてくれる。
ちなみに定番の朝食のスタイルは Scottish Breakfast といい、こんな言い方にも England に対抗しているのが分かる。

朝10時、エジンバラをバスで出発。集合場所には思ったより小さなツアーバスが迎えに来た。私はてっきり大型観光バスのツアーだと思っていたのだが、実際はマイクロバスほどの大きさの車で、参加者は私ら夫婦を含めて4組8名。老若男女の全てカップルであった。
今日は車で1時間以上北にあるグレンタレットのウィスキー蒸留所やWaterfall(滝)を巡るツアーである。これは嫁さんの念願であった。グレンタレットには、タウザーという名の看板猫、知る人ぞ知るウィスキーキャットがいた。その生涯で2万匹以上のネズミを捕まえたことでギネスブックにも載っている有名なメス猫だ。彼女は24歳の長寿を全うして、現在はその工場で銅像になっているのだ。
2代目のウィスキーキャットのアンバーという名の猫も猫好きには知られた猫らしいが、こいつはちっともネズミを獲らずに、お土産コーナーでうろろしているらしい。
さて今日は会えるのだろうか?

出発当初は激しい雨が降っていたが、1時間も走ると晴れ間も見えてきた。
道も平坦ではない、ちょとした高原を思わせる山道が多くなってきた。
北部の方を High Land と呼ぶ理由も少し理解できた。ロンドン付近では見られない景色である。

バスは曲がりくねった道を抜け、清流の音が聞こえる蒸留所に着いた。バスで疲れた手足を伸ばすと、そこはグレンタレットである。
かなり観光に手慣れた工場だった。30分に1回くらいのツアーコースがあり、我々も参加する。ウィスキーの製造は、やはり日本酒のそれと似たものを感じる。麦と米とでは匂いが違うものの、近代的な構造も製造過程も私の知っているものに近かった。
ウィスキーの試飲コーナーでは、同行のメキシコ人男性ががぶ飲みしていた。テキーラに比べたらどうってことないのだろう。
ここのウィスキーのシンボルマークは雷鳥(Grouse)である。その雷鳥のように空を飛んだ気分になれるアミューズメントの部屋もあった。つまり床から側面、天井まで映像が流れて、参加者自らが3Dシステムのど真ん中にいることになるのだ。大人はともかく、子供が大喜びしていた。なるほど家族連れも多いはずだ。

目指すウィスキーキャット”タウザー”の銅像は、意外に寂しい所にあった。死んでから日にちも経っているからか、銅像を見つけて喜んでいるのは私たちだけだった。






なんか猫というより狸に近い気もするなあ。

蒸留所を後にして、一路滝を目指す。
バスを降りて、ツアーガイド件運転手の兄ちゃんと山登りが始まった。
雨で濡れた山道を踏みしめながら沢伝いに登って行く。イギリスでは、これまでに感じたことのない高原の空気である。植物は日本の高原にも似ているようなので懐かしい感じもする。
30分以上歩いた所で大きな滝が見える。
さらに上ると頂上のようだ。頂上には牧場があって羊の姿も見えた。まだ湿った苔やシダから雨水が滴り落ちている。これが水源であろう。眼の前の滴の一粒一粒が、我々の大事な水になるのだ。意外なところで水源を見た。
吊り橋を渡って、今度は一気に坂を下ってバスに戻る。

帰り道を利用して、古い教会を見学。といってもここはすでに廃墟の姿になっていた。それが却って、想像力を刺激してくれる。






側には大きな川が流れている。






さっきの山の滴が集まって、この川になっているのだ。

バスツアーを堪能して、夕方ロンドンに帰る。

この日は Old Town のイタリアンレストランで夕食。陽気なイタリア人のおじさんたち店員が、美味しい食事をさらに盛り上げてくれた。

ところで、先日話があったTVのコメディショウの仕事はやれそうにない。
この旅行の最中にオーディションがあったからである。ま、仕方ないか・・・



4月28日(水)雨上がりの良い天気
エジンバラ最終日。
市内1日回覧バスに乗る。1日乗車券を買えば、乗り降り自由のバスである。エジンバラの観光スポットは狭い範囲内で収まっているので、これでほとんど回れるというわけだ。とても便利である。ただし乗車券を買う時に、運転手の英語がロンドンの英語の発音とは少し違うのに戸惑った。
例えば運転手が私たちに「アダー?アダー?」としきりに質問している。私には何のことか分からなかったが、嫁さんの解読により「アダルト?」と聞いているらしいことが分かったというような具合である。

さて市内見物だ。まずは何といってもエジンバラ城からである。私らと同じような観光客、バスツアーの団体客、イギリスの小学生の遠足、お城の中は賑やかだった。
頂上からの眺望はさすがに素晴らしい。エジンバラのニュータウンの街並み、その向こうには大きな湾。四方に広がっている街や森。イングランドやスコットランドの奪い合いだったというこの城の頂上で、その時々の支配者は何を思っていたのだろう?
展示物や各部屋の説明にも血の歴史が多く書かれていたが、今日のお城の中はそんなことお構いなしの小学生たちの嬌声で溢れていた。
午後1時。今でも行われている時を告げる空砲の砲声パフォーマンスを見て城を後にする。

古都のパブの屋外でランチ。もちろんビールも。ところが突然寒くなってきて、飲み干す気力がなくなった。

こうなるとお土産も買わないと。嫁さんは亡くなったダイアナ妃のお気に入りだったという青いタータンチェックの帽子とマフラー、スカートの3点セットを買ってご満悦の様子だった。さらにスコットランドの国旗のパーカーも買った。

最後に現在も女王陛下が利用するという大きな宮殿を見学。
ここで意外な発見
説明のナレーションの声は若い頃の楠原さんだった。嫁さんは気づかなかったが、私は聞き逃さなかった。やっぱり色んな仕事をしているのね

帰りの電車は、定刻通りにきちんと発車。

ロンドンに戻ると、やはりここが大都会だったことを感じる。
2日ぶりの地下鉄が懐かしい。


4月29日(木)雨がちの、はっきりしない天気
日本は今日からGWなのであろう

4月2日のRADAの一人芝居のミニドキュメントを日本で放送するので、そのお知らせメール。スコットランドのお土産整理や、風間杜夫さんたちの明治座5月公演の楽屋見舞いの郵送。その他、帰国を控えての今後の予定・連絡など処理すべきことが山積みである。
日中に1度Camdenの街へ出たが、後は家で作業に終われていた。
結局、芝居も映画も何も見ず終いだった。
とりたてて書くべきことはほとんどない。だがやるべきことはあり過ぎた。こんな日もこれから必要なのであろう



4月30日(金)
小学校で落語のワークショップをやるので早起き。
昨晩その学校で日本語を教えている、本日のイベント担当の日本人の先生から電話があった。King's Crossの駅で雨による増水のため列車が運行不能になっているらしい。
先日に引き続きである。ちょっと不安になる。
ロンドン郊外の学校までミニキャブで来てほしいとのことだった。私はその方が安心だったので了承。
朝7時、家の前でタクシーを待っていたが、なかなか現れない。タクシー会社に電話しても、もう一つ英語が伝わらず要領を得ない。車はとっくに家の前に着いていると言う。しかし、それらしき車は見当たらない。20分ぐらい遅れて、ようやく目印の黄色い車が現れた。

結局のところ、運転手が”もう着いた”と小さな嘘をついていたというのが真実だったと推測する。後で先述の日本語の先生が嘆いていたが、このくらいの遅れや安請け合いや嘘はイギリスでは日常茶飯事のようである。日本のハイヤーようにきちんとしているのは珍しいのである。ただし料金や運転態度などは、ミニキャブも普通のタクシーもイギリスではきちんとしている。その辺は安心であることは付け加えておく。

車で1時間弱でHaberdashers' Aske's School for Girls Junior Schoolという長い名前の学校に着く。上品な感じの女学校である。
今日のワークショップのお相手は、小学生の女の子たちである。
低学年から高学年まで全部集めてしまうと人数が多いので、同じ授業を2回に分けて行う予定である。朝9時過ぎ、こじんまりした可愛らしい体育館に制服姿も可愛らしい小学生の女の子が続々と集まって来る。日本語担当のY先生の挨拶と紹介で私の落語のワークショップが始まった。

着物姿の私を興味深そうに眺めている子供たちの眼がキラキラしている。
特に袴が物珍しそうだった。”ズボン(英語ではTrousers)みたいなものね”と足を上げて見せると、キャッキャッと喜んでいる。子供には何が受けるか分からん。
落語の説明やらは案外真剣に聞いている。
さて最初の落語「厩火事」は、小学生には難しいようだった。そりゃそうだろう夫婦の機微の話だもんね。
いつものように扇子と手ぬぐいの小道具としての使い方を実演。
蕎麦の食べ方が馬鹿に受ける。マナー違反の音を立てて食べる仕草が、可笑しくて仕方ないのだろう。
戸を叩く音も受ける。左手に持った扇子の端で床を叩きながら、右手で戸を叩く仕草をする。注意事項として”動作を同時にやるんですよ。交互にやったら駄目ですよ。音と演技がずれちゃうからね”と説明すると、これも爆笑。やっぱり子供は見た目で笑わすべきなのか。

その後は、いつも通りに彼女たちの体験コーナーである。8歳か9歳くらいの女の子が 「厩火事」の夫婦の会話をおしゃまに演じるのが可愛らしい。
蕎麦を食べる音は、もう大受けである。中でゲップをさせた女の子がいて、場内は笑いと歓声が渦巻いた。結局どこの国でも子供は下品なネタが大好きなのであろう。

意外に驚いたのは「後生鰻」に対する反応である。それまでシーンとしていたので全然興味がないんだろうと思っていたら、鰻の代わりに赤ちゃんを裸にしてまな板の上に乗せるという件で”ヒャーッ”という声が上がった。ちゃんと聞いていたのである。しかも残酷なネタには恐怖の反応を示したのである。
演じる方は、やっぱりいつでもどこでも細部まで心を込めて演じるべきであると気づかされた。
それから
用意してきた子供用の浴衣も着てもらったりして、あっという間に1時間が過ぎた。

短い休憩時間に、子供の着付けを手伝ってくれた嫁さんが”面白いなー”と喜んでいた。外国まで来て、これはなかなか出来ない経験である。

2時間目も同じように進むが、この回は日系のお子さんも混じっているようだった。最初から浴衣を着ている子もいたし、空港で売っているような”着物のようなガウン”を羽織っている子もいた。
年齢も少し上だっただろうか、さっきより照れ屋さんが多く笑い声は少なくなった。
1回目の子供たちの笑い所を意識していた私にも責任があったのかも。いわゆる芝居の”2日落ち”と同じである。同じ事を続けて2度やるのは意外な勉強にもなるものだ。

無事ワークショップを終えて、食堂で昼食。校長先生の隣で食べる。
焼きリンゴが馬鹿に酸っぱかった。

午後は他の発表を見学。子供たちの着物ファッションショーや、PTAの人たちによる紙芝居「桃太郎」の立体上演。
落語の「時そば」を寸劇にしていた子供たちもいた。売り声の演技や人物設定が稚拙なだけに、却ってそれが独創的で面白い。これは実は日本語の先生Yさんの指導によるもので、お世辞ではなく先に大人のやった「桃太郎」より完成度は高かった。
英語落語の「時そば」の場合、普通の落語では”十六文”の値段であるところを”十文”に置き換えるらしい。これは後日見た「時そば」でも同じであった。

最後に和太鼓のパフォーマンス。5人くらいの構成の若い日本人たちのグループだったが、様々な工夫があって面白かった。さすがに練習を積み上げてきた人たちの表現は違う。当たり前のことに感心しながら学校を後にした。

タクシーで地下鉄Jubilee 線の  へ。
この駅で面白い写真を発見。





一旦帰宅。着物やらを片づけて再出発。ああ忙しい!

さあ今日は以前からロンドンの芝居仲間で計画していた、待ちに待った森尚子宅のバーベキューパーティーである。
午後7時過ぎやっと森宅に遅れて到着。すでにパーティーは始まっていた。
こちらはお腹は空いているし、ビールは飲みたいしで一気に飲み食いである。
私も気を使って差し入れは用意したが、皆さんも同じような具合だったらしく、テーブルには酒もご馳走もいっぱいだった。
楠原さん手作りのマリネのタレに漬け込んだスペアリブやら鶏の肉。さらに肉。焼き野菜。各種ワイン。シャンペン。山盛りのサラダ。森尚子手作りのおにぎり。あと色々。

ワイワイ言いながら宴は進む。
出席者は小宮夫妻。楠原さん。土田くん。藤野節子さん。佐藤章子さん。フランスから来ていた芸術監督の人。それにミス・サイゴン森尚子。後からロンドンでこの人を知らなかったら潜りと言われている大物の方が来たのだが、私は酔いが廻り始めていてはっきり覚えていない。イラクの自衛隊派遣と今回の人質問題について問い質され、明解な答えが出せなかった自分が情けなかったことだけを覚えている。

宴は深夜までというか明け方まで続いた。
12時過ぎからはリビングにある大型TVで私が持ってきたパンタロン同盟のコント番組のビデオや森尚子の舞台デビュー作「ミス・サイゴン」の鑑賞会になる。
起きていたのは役者仲間だけになったので、俄然話題は芝居のことである。静かに、時に笑い興奮しながら時間が過ぎた。
午前3時過ぎ、楠原さんに車で送ってもらって帰宅。
こんな時間まで、しかも大人数で盛り上がったのはロンドンでは初めてだった。
楽しいとしか言いようのない宴であった。





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